二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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☆ご注意ください☆
この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花孟徳』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花孟徳』は、最初に落ちた場所が孟徳さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
雑駁設定なのは のえる の所為です。
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
(幻灯 8からお読みいただければ幸いです。なお、特に どろり としています。ご注意ください。)
樹上は風が強い。紫紺の長い袖と裾が軍旗のようにくるくると靡く。公瑾は顔を上げた。
「美しい鳥は止まる木も選ぶようですね」
くつくつと笑う声が降る。
「美周郎に美しいと言われては返す言葉がない」
その名は嫌いだ。公瑾は笑みを消した。
「木の上は危険と存じますが」
「まあ、狙ってくれるの」
「…そういう意味ではありません」
「では守ってくれるの」
恋に恋する少女のような調子に、彼は戸惑った。
帝の御前で会った娘は、覇王の名にふさわしいその緋衣のごとき瞳で自分を見た。見識があったという蜀の面々はともかく、公瑾のあるじは明らかに呑まれていた。
顔立ちはその緋が本来似合うほど派手ではない。指は剣を握るべく節くれ立っているが、幼い帝の手を取るしぐさは恭しく柔らかい。愛らしい女官たちと東屋で話している時は、ずいぶん明るい笑い声を上げる。
その落差が公瑾をここに連れてきた。
「あなたもここで風を見る?」
「失礼してよろしいですか」
「特に許しましょう。ただし剣は持ったままおいで。わたしを守ってくれるのでしょう」
木登りに腰の剣は邪魔だが、そう言われては仕方ない。自分たちや蜀の丞相以上は、帝近くでも帯刀を許されている。孟徳が以前に、覇者が膝を折るというのは相応の覚悟を相手にも求めると笑って、それきり表立って異を唱えるものはいないのだと聞いた。恐ろしいまでの行為だ。
木は僅かな足がかりしかない。孟徳がその長い袖で登ったのは慣れているのだろう。公瑾は意地になって登った。
孟徳は、眠いような柔らかい目で彼を迎えた。木の上は太い枝が張りだし、足場はしっかりしている。
中庭で何か内緒のことなのか数人で話し合う官たち、蝶のように行き交う女官たちを武官が盗み見ている。蜀の丞相が若い側近と歩いている。
「宮城がよく見えますね」
孟徳は解けかかった長い髪をかき上げるようにしてかすかに笑った。
「風が気持ち良い。それだけよ都督殿」
淡々とした口調に公瑾は黙って頭を下げた。目に入るものなどはすべて掴んでいるのだと思わせた。
「執務中では」
「うるさいひとから逃げてきた」
微笑んで彼女は言った。その声音は身内のことをいう気軽さがあった。
彼女が自分の尚書令を寵愛しているという噂は夜毎の話題にのぼっても面と向かって難詰するものはいないようだった。生真面目の塊のような表情と姿勢を崩さない尚書令と丞相のあいだに流れる空気はみごとに乾いていて、噂を聞いたあとに尚書令に会った彼は、どんな顔をしてあの煌びやかな女を抱くのかと笑い出しそうになった。
さらさらと風は吹く。
「わたしを殺さないの」
遠くを見ながら、丞相は言った。
「丞相こそ、あの戦いであなたの将兵をあまた死なせたわたしを殺したいとは思わないのですか」
孟徳の剣は無造作に木の枝に渡してある。どちらからも取れる距離だ。
「そうね」
彼女は大きな目でこちらを見、子どものように首をかしげて彼を上から下まで見た。そうして、にこ、と笑った。
「あなたは生きていてくれたほうが楽しそう。」
「…そうですか」
「わたしはあの炎を忘れない。けれど同じだけの熱さでこの長閑な景色を愛しているの」
「長閑と仰いますか」
彼は唇を捻じ曲げるようにして笑った。因襲に絡め捕られ、世の乱れを招いた古い血の支配する壮麗な巣をそう呼ぶか。
(それが丞相というものか)
「きっとあなたには性に合う」
含み笑いのように言われ、彼は笑みを消した。
「わたしは軍人です」
くつくつと彼女は笑う。
「因襲にとらわれたものだけが因襲を軽蔑できると誰かが言っていた。この世は、それを壊そうとする者も新たな因襲を作るだけのこと、何も変わらない。天下などと言ったところでどうしてたいそうなものであるものですか。」
淡々と語る彼女に、彼はめったにないことに、頭にかっと血が昇った。
亡き友が憧れ求めてついに掴みえなかった天下をその手に鞠のように持ち、自分たちを呼び寄せた彼女。三国鼎立と言いながら、彼女の存在感はあまりに大きい。
自分が友の亡きあと、どれほどの思いをして水軍を鍛え、あの戦を乗り切ったと思っている。彼女を見据え、彼は袖の中で拳を握った。
「―丞相」
下から掛けられた低い声に、彼女は目が覚めたように瞬きし、枝を揺らした。
「文若」
「刻限です。お戻り下さい。」
枝の隙間から、産まれた時からこうでもあろうかと思わせるような、面白みのない表情
が見える。
「もう少しいいでしょう?」
「丞相のもう少し、はあてになりません」
「まあ厳しい」
歌うように言った彼女は、公瑾に微笑んだ。
「先に行くわ」
「どうぞ」
彼女はふわりと飛んだ。長い袖をたぐることなく、それは美しい弧を描いて地上に降りた。
「お召し物まで汚して。まったく、子どもですか」
その声には子どもを叱るような色しかない。公瑾は去っていく主従を見た。その視線が刹那、尚書令と絡み合った。公瑾は僅かに目を細めた。――ああ、彼は嫉妬している。
(これだ)
…伯符、伯符。待っていてくれ。
自分は、あれを女にしよう。丞相としてではなく、女としてわたしの標的としよう。それはきっとその衣を、剣を辱めることとなる。
公瑾はゆるりと微笑んだ。高揚が彼を包んでいた。
「丞相」
ひそりと文若は先を行くあるじに声を掛けた。
「彼はわたしを憎んだわ」
微笑む声に、文若は眉間に皺を寄せた。
「そのように仕向けられたのでしょう」
「わたしが女ということで掛かってくれる者の多いこと。」
それでは、これも彼女のいくさか。文若は静かに息を吐いた。いくさならば、この身は国を守るためにあるだけのことだ。
(――それでも、それでも)
「文若」
その声は小さく遠い。彼は顔を上げた。その視線から細い背を隠すように紫の袖が風に舞う。
「あなたは孟徳の心を守って。」
それは初めて褥をともにした時から言われる言葉だ。最初から言われてなお解けない言葉は、いつも彼をためらわせる。
しかし頷くことしか彼にはできない。彼女はいつも自分に背を見せる。彼が頷く以外のことをしないと確信しているように、彼女は笑って先を歩く。
「まあ、見て。呉の若殿が連れてきた鳥」
長い尾を揺らし、頼りなげに歩く大きな鳥はなるほど南の色なのだろう。羽は艶やかに緑で、濡れたように光る。鳥は戸惑うように木立の間をゆらゆらと歩んでいる。
「でも可愛そうね、あの鳥はここの冬を越せない。」
鳥、とは誰のことか。白いかいなに囚われ、柔らかな肌をさぐり、やがて彼女の欠けたものを埋められるのではないかと夢見るのは誰だ。
「丞相」
「なあに」
「――畏みまして」
彼女はこちらに顔を向けた。そうして、笑った。
(あなたの心)
どこにあるのか分からぬけれど、確かにこの腕に抱ける夜のために、自分は身を差しだそう。
あの白皙の顔が羨望と嫉妬に歪むのを自分は見た。それがやがて焦燥に変わりその身を焼き尽くすことを彼はまだ知るまい。知らぬまま、墜ちればいい。どんな時でも敵のままでしか彼女のかたわらを占められぬことに絶望すればいい。
彼女の背を見つめ、文若は微笑んでまた歩き始めたあるじに続いた。
(2010.11.19編集)
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