二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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☆ご注意ください☆
この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花文若』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花文若』は、最初に落ちた場所が孟徳さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
雑駁設定なのは のえる の所為です。
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
暗い日だ。昨日から降り続く雨は埃を鎮めるが、部屋を暗く湿っぽくする。
「雨は嫌いだ」
孟徳が言うと、背後で衣ずれが聞こえた。
「ではこちらに専念なさってください」
柔らかいが有無を言わさない声音だった。孟徳以外なら従っただろう。しかし孟徳は振り返らずに呟いた。
「雨が降るとやる気が落ちるんだよなあ」
子どものように手を伸ばせば、手に滴が当たって冷たい。それが何故だか楽しかった。
「雨で落ちるほど、ふだんからあるとよろしいですね」
「お前も機嫌悪いな」
「そういう態度をお取りになるからです」
「俺のせい?」
振り返ると彼女は、にっこりと笑っていた。まろやかな娘らしい顔立ちに似合わない、黒橡の衣はそこだけ闇が動いているようだ。髪飾りのひとつもなく結い上げた薄茶の髪は、白い細い首に一筋こぼれている。
「他にどのような原因が思いつきますか?」
「この雨で、このあいだ作り直した堤が壊れないか、っていう心配。」
「あの堤は新しい工夫をこらしましたし、壊れないことを証明してほしいところですから、絶好の機会です。考案した者に与える褒賞を考えておいてください」
「じゃあ、兵の調練が遅れるな、という心配」
「それこそ愚問です。長雨でも雪でも戦いがある時はあるものでしょう。むしろ、調練においでになりますか? 兵の士気も上がります」
「俺は風邪ぎみ。」
「まあ、ではなおさら、熱がお出になるまえにこちらをすべて仕上げてくださいませ」
「文若の鬼~」
「聞き飽きました」
文若が笑顔を近づける。
「そもそも、わたしに溜まった簡を持ってくるように仰ったのは丞相です。これでは進みませんから、奉孝さんを呼びますよ」
「やだ。男の顔なんて見たくない」
「では進めてくださいませ」
「終わったら文若の膝枕があるなら、やる」
「それでは、夫人をお呼びいたしましょう。」
「文若じゃないと意味ない」
彼女はおかしそうに笑った。
「いつになく駄々をこねますね。どうしたんですか」
「…星がさ」
「星?」
文若の目が丸くなる。そういう顔をすると、とても国で名だたる官吏には見えない。
「お前が死ぬ、って言ってる」
彼女はゆっくり瞬きした。そして、ほほ笑んだ。
「ありがとうございます。」
「礼を言うところじゃないぞ」
「だって、わたしを惜しんでくださるのでしょう? 嬉しいです」
孟徳は頬杖をついて彼の尚書令を見上げた。
「怖くないのか? 俺は怖い。お前が消えてなくなるなんて」
「怖くないわけはありません。けれど、わたしは星が読めませんし、それにあなたがいま言ってくださったから、少しは気をつけます」
「少しじゃなくて、すごく気をつけて」
「ありがとうございます」
彼女は手元の簡を並べ直した。
「ではなおさら、いまのうちにこちらにご裁可をいただきませんと。死んでも死にきれません」
「それならそっちのほうがいい。死んでもおれの側に居て。」
「子どものようなことばかり」
彼女は困ったように目尻を下げ、口元を袖で覆った。孟徳は目を細めた。
「そういえば、お前は星を読まないんだったな」
「ほかにすぐれた星読みはたくさんおりますから、わたしはこの仕事だけでじゅうぶんです。…それに、わたしは夜が嫌いです。特に晴れた夜が」
瞬間、彼女の声には低い恨みが混じった。だがすぐ、気を取り直したように彼女は笑った。
「丞相、あの星はわたしが描いたものかもしれませんよ?」
「ええ?」
「そうやってあなたに仕事をしろと脅かそうとしているのかもしれません。そもそも、なぜ星は天命など告げるのです? おかしいではありませんか。神など笑い、己の道が天命と豪語なさるあなたが、どうして星を信じるのですか?」
孟徳は低く唸った。
「お前が描くなら、俺とお前が婚儀を挙げるような星回りにしてよ」
「そんなことをしたらあなたはますます仕事をしなくなるでしょう」
彼女は肩をそびやかした。
「さ、お席にお戻りくださいませ。意地悪なのも生きているうちです」
孟徳はその笑みをじろりと見て唇を歪めた。
「お前が俺より先に死んだら、毎日、花で墓を埋め尽くしてやる」
「花がもったいない。そんなことをしている暇があったら、まつりごとをなさってください」
「毎日、泣き暮らしてやる」
「まあたいへん。丞相の美しい方によくよくお願いしていきます」
まるで取り合わない娘の手を強引に掴み、腕の中に掴まえる。きつい目で見上げてくるその顎を指先で掴む。文若は僅かに顔を振ってその指を外すと、仕方のないひと、と言いたげな目をした。
「ねえ、本当だよ」
「どれがでしょう?」
「気をつけて、ってこと。」
はい、と慎ましやかに彼女は笑った。さらりと腕から抜け出し、また机の前に戻る。
「どうぞ、丞相。」
「はいはい」
孟徳は渋々、執務机に戻った。簡を広げる。
「君が好きな男はどんな男なの」
「仕事ができて派手でない方です」
「そういう時は俺みたいな男だって言うもんだよ」
「執務が終わったら言ってもらってくださいな」
今日の雨のように、滑らかに流れていく言葉。決壊しそうなほど積み重ねた会話。
女子の身であの才を、と揶揄する噂を確かめに行ったその日から、孟徳は彼女に嘘をついていない。しかし、好きだよと告げれば、彼女は最初から分かっていたというように、ありがとうと返してきた。そこには何の邪心も期待も無い、という衝撃は、いまも彼の心を強く揺さぶる。
それほど、心に灯る男は魅力的なのだろうか。口元の笑みと遠い眼差しに残る恋は、それほど彼女を捕らえているのか。どれだけ探ってもまるで浮かび上がらない彼女の恋。
簡を整理する彼女の小さな背、その黒橡色に昨夜の凶星が映っている気がした。
君が気にしないなら、俺がそれを払おう。君の言う通り、俺の道が天命だ。孟徳は薄く笑った。
(2010.11.26編集)
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