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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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☆ご注意ください☆
 この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花文若』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
 掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
 
 
 
 『花文若』は、最初に落ちた場所が文若さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
 
 
 雑駁設定なのは のえる の所為です。
 
 何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。



 
 これは夢だ、と思った。
 なぜなら、あたりは真っ白で、凍るように寒い。見渡す限りの雪野原など、ここに来てから見たことがないはずだ。自分は日のほとんどを宮城で過ごしている。まさに、寝に帰るだけしか屋敷には居ない。
 自分の格好を見下ろしてみれば、薄い青に緑を合わせた若々しい色合いの衣を着ている。色味はきれいだし布も上等だが、どう見ても雪の時期に着る服ではない。どうかしている、と彼女は笑った。わたしは黒の衣しか着ないのに。
 …さて、どうして黒しか着ないのだったか。
 丞相にも、女なんだからきれいな色を着ろとさんざん言われているが、そればかりは、と辞退し続けている。何故か落ち着かないのだ。
 その時、ぐいと腕が引かれた。振り返ると、深い灰色の衣を着た男が、驚いた顔でこちらを見ている。生真面目そうな、細い目の彫りの深い顔立ちだ。その表情は徐々に明るく、泣き出しそうになってくる。彼女が何か言う前に、その腕は彼女を強く抱きしめた。
 「あ、あの…?」
 「やっと、会えた」
 熱い言葉に、彼女は首を傾げた。
 「すみません、どなた、ですか」
 きつくきつく抱きしめてくる男の力が止まった。信じられない、と言いたげな顔。
 「わたしだ。荀文若だ!」
 「あら」
 彼女は笑顔になった。
 「同じ名前なんですね。珍しい。」
 相手の顔が歪んだ。
 「そんなにも、お前は巡っているのか…? わたしを忘れるほど、巡っているのか?」
 巡る、と彼女は呟いた。
 「何のことでしょう?」
 「お前が消えてから、わたしも巡っている。お前の居ない世界で、五度目だ。ようやく会えたのに! 夢でもいい、会えたというのに…!」
 悲痛な叫びとともに、抱きしめられる。
 「お前は、花ではないか。いちどはわたしと将来を誓った、花だ!」
 あまりにも意外な言葉に、彼女は目を見開いた。
 「しょうらいを…?」
 「そうだ。小火であの本を失った時、お前が目の前で消えた。どれほど探したことか! 分かったのは、次に巡った時だ。毒をあおる瞬間、すべてを思い出した。三度目からは、お前だけを捜してきた。お前を探すためだけに生きてきたというのに、お前はわたしを忘れたのか…!?」
 力を失い、目の前に頽れる男の背を、彼女は呆然と見つめた。
 「わたしは漢王朝と結婚した身です。そんなこと」
 「わたしは、そんなにも…お前と離れてしまったのか…?」
 男の声は、今にも消えそうだった。花は、その背におそるおそる触れた。男が身じろぐ。
 「あの…わたしの名だという言葉をもう一度、言ってくれませんか」
 「…花」
 「はな?」
 「ああ、花、だ」
 「は、な」
 何かが、心の中で動く。はな、ともう一度呟いて、彼女は目を上げた。
 天から降る白い、白いもの。まるで光のように白い。
 「…寒い、寒い日でした」
 何かが見える。笑う声が聞こえる。柔らかな衣擦れの感触。
 「しろい、ゆきがふって、はしゃいでいて…」
 (うわあ、すごい雪!)
 (そんな格好で外に出てはいかん)
 「白兎を、つくって」
 (見てください、かわいいでしょう?)
 (いいから、こっちに来なさい)
 ぐ、と喉が詰まる。
 誰かが笑っている。歪んでいた視界に、いっぱいの笑顔が映し出される。
 「ぶんじゃく、さん…?」
 また、抱きしめられる。
 「お前は子どものようにはしゃいで、足の裏と手を紅くして」
 低い声が耳を掠める。
 「おこ、られて、部屋に、つれもどされ、て火鉢の側に座らされて」
 「暖めた。お前はくすぐったそうに笑って」
 腕の力が強くなる。
 「あの、すぐあとだ。道が分かれてしまったのは」
 …そうだ。
 この名は、自分の名ではない。すべてを教えてくれた、いとしい人の名前だ。
 「文若さん」
 「ああ」
 「文若、さん…!」
 「花」
 「ごめんなさいごめんなさい! わたし、文若さんを、文若さんを殺してしまった」
 「そんなことはない。お前を抱きしめているのはわたしだ」
 「でも!」
 「花。落ち着きなさい。」
 (まったくお前は、いつまでも子どものように)
 笑いながらたしなめてくれたひと。自分だけには、笑顔を見せてくれたひと。
 「わたしたちは、必ずまた出会う」
 誓いのように重い言葉に、彼女はしゃくりあげた。
 「だから、望みを忘れないでくれ。希いを、捨てないでくれ。…どうか、健やかでいてくれ。」
 力が弱くなる。彼女ははっとして瞬いた。優しく笑うそのひとが薄れていく。
 「いや!」
 伸ばす手が、重なり、触れられない。
 「いやです! 連れて行って!」
 もはや輪郭だけの彼が笑う。勇気づけるように、落ち着かせるように。月を鏡と何度も何度も求めて泣いた笑顔が霞んでいく。
 「文若さん!」
 「花」
 指先が、涙を掠めた。
 …よく、似合っている。
 声だけが宙を舞う。彼女は呆然と白い世界を見ていた。
 「文若、さん」
 …わたし、漢王朝を残すことに成功しているんです。もう五度も成功したんですよ。
 帝はとてもお健やかです。利発な帝におなりです。
 孟徳さんは相変わらずきれいな女の子が大好きです。わたしのこと…あなたの名前のわたしのことを、もう疑ったりしません。
 仲達さんはちょっといじわるだけどいい人です。奉孝さんは今度は生きているんです。毎日、わたしにお花を届けにきます。
 ねえ、文若さん、文若さん。
 (花)
 白い世界が鈍色に黄昏れていく。
 衣は、もう見慣れた黒に替わっている。その袖を彼女はたぐり寄せた。
 「あなたが、似合うと言ってくれる色でないなら」
 他に何も、要りません。
 花は、笑った。
 
 
 
 翌朝。
 珍しく大雪が積もったその国のとある屋敷の庭先で、国を動かす大官の亡骸が見つかった。ふだんは沈着冷静を絵に描いたような彼女が、あまりにも不用意にそんなところで凍死した訳を、みなが不思議がった。
 彼女の死に顔が笑っていたと聞いて、丞相だけが微笑んで頷いた。それは安堵しているようにも見えたという。
 
 (2010.10.10編集)

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