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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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☆ご注意ください☆
 この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花文若』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
 掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
 
 
 
 『花文若』とも、最初に落ちた場所が文若さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
 
 雑駁設定なのは のえる の所為です。
 
 何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
 
 

 



 
 
 
 ぺた、ぺた、と裸足で石の床を歩いてくる音が聞こえる。宮城にはまるで不似合いな足音だ。それが酔っているかのように歩調が乱れがちなのだからなおさら、月のない夜には幽霊が出ると囁かれてもおかしくない。
 滑らかに扉が開け放たれ、人影は部屋にあるいちばん大きな椅子にするりと座った。手に持っていた沓を床に投げ出す。ほう、と息をつくその体を後ろから抱きしめる。驚いたふうでもなく、彼女は笑った。
 「丞相の匂いがする」
 白い項に唇を寄せて呟けば、また笑う声。
 「そんな日にしか仕事を頑張らないんだから、困った奉孝さんですね」
 「だって、いまのあなたが欲しいんだ。…ねえ、どうして俺じゃないんですか」
 「先に出会ったのが丞相でしたから」
 「もう何度も聞きましたよ」
 「もう何度も答えましたから」
 腕の力を強くすると、彼女はくすぐったそうに肩を揺すった。
 「…月のない夜ばかり」
 「だって月は嫌いなんです」
 朗らかに彼女は言う。
 「明るすぎるんだもの」
 そうかと思うと子どものように、ふて腐れる。くるくる変わる表情はまるで彼女のあるじのようで、それでいて威圧感の欠片もない。なのに軽んじることができない。
 「…ああ、でも、奉孝さん。わたし、この間から月夜の夢を見るんですよ。」
 嫌な感じがした。彼女の歌うような調子が強くなる。
 「宮城を、月夜に歩いて居るんです。もう何年も見たことがない満月の夜に、わたしは歩いているんです。わたしの前に、黒い大きな背の人影があって、そのひとはわたしを先導するように歩いている。静かに、でも確かに一緒に歩いているんです。隣に並ぶ訳でもなく、言葉を交わす訳でもないけれど安心する」
 「あの世からの使いじゃないんですか」
 「うふふ、でもね。わたし、とても幸せなんです。その背を眺めているだけで安心できて、その沓音を聞いているだけで嬉しいんです。だからきっとあれは、わたしの大事な方なんです。」
 「丞相に言いつけますよ」
 「どうぞ申し上げてください。孟徳さんは何でも知っているんだから。」
 彼女はとても嬉しそうに目を閉じた。
 「いつの間にか草原にいるんです。月がずっとずっと大きく見えて、それに気を取られて立ち止まるんです。気がつくとあの方は遠くに行ってしまって、走らなきゃと思うのにわたしは動けない。草の鳴る音ばかり高くなって押し寄せて…そうして、朝になる」
 終わりの言葉だけが、寂しそうに聞こえた。
 「あなたはついて行かないでいい」
 なんて空虚な言葉だ、と奉孝は唇を噛む。彼女の微笑みをかけらも崩すことができない。
 「この間から、わたし、あの方の後ろ姿を長く見つめていられるようになったんです。嬉しくて嬉しくて、丞相にも楽しそうだねって言われました。あんまり楽しいと死期が近いような気がしますねって言ったら、違いないって笑ってた。」
 「嫌だ!」
 肩を強く抱くと、静かな声が、痛いですよとたしなめる。
 「置いて、いかないで」
 「奉孝さん」
 「あなただけなんです、欲しいのは」
 「嫌よ」
 体が強ばる。
 「だってあなたは連れて行ってくれないもの。孟徳さんほど連れて行ってくれない。その瞳だけで焼き尽くしてくれるような淵に居ないわ」
 「文若殿」
 「わたしはあの方でなければ嫌なんです。それだけは分かる。孟徳さんとの夜も今日で終わりだから、あなたが待つのも終わりです、奉孝さん」
 「…丞相はそれで、了解されたんですか」
 「孟徳さんは何でも分かったふりをするのが好きなの。困った方。…さあ、手を離して。休みます」
 凛とした声に、腕がよろりとほどけた。彼女の背が仮眠室に消える。扉が閉まる。
 ふらつきながら執務室を出ると、あたりは闇だった。先程まで見えていた月が見えなくなっている。
 彼女を連れて行ったのだ、と痺れたような頭で思った。
 
 
 
 あたりに血のにおいが立ちこめている。
 「文若!」
 孟徳の絶叫が広間に響く。元譲が自害した暗殺者の体を兵士に運ばせている。兵士たちがぞくぞく集まっている。官たちが右往左往している。
 異国の使者は、暗殺者だった。その刃に孟徳の剣よりも早く立ちはだかった女は、黒い衣を血に染めて丞相の腕の中で倒れている。すべてが遠い。歪んで見える。
 なのに彼女の笑みだけがはっきり見える。声だけがくっきり聞こえる。
 「…また、守れました、よ」
 その微笑みのまま、彼女の首があおのいて動かなくなる。
 孟徳が彼女の体をかき抱く。上げた視線が奉孝のそれと絡み合った。孟徳の腕に力がこもる。頬に彼女の血が付いている。
 彼女が彼のものでないことを、自分だけが知っている。
 いや、彼もとうに知っているのかもしれない。ならばいま、彼は敗北したのだ。彼女をこの世に止め置くことができなかったのだから。
 …あなたは誰のために丞相を守ったのですか。また、というのは何だ。
 (でもわたし、とても幸せなんです)
 奉孝は耳を押さえて崩れ落ちた。
 
 
 
 
(2010.10.17編集)

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