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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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☆ご注意ください☆

この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花文若』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花文若』は、最初に落ちた場所が文若さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
雑駁設定なのは のえる の所為です。
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。

花文若さん。


 賑やかな声に、彼女は薄目を開けた。ぶ厚い布を垂らした窓の隙間から光が漏れている。もう日はずいぶん高いらしい。休みの日は起こさないように言ってあるのでこれは珍しくない。だがたいがい静かなこの邸であんな声が聞こえるのは珍しかった。
 身を起こして寝台を出ると、少し目眩がして寝台に手をついた。この体もずいぶん長いこと使っているけれど、巡るたびに病も傷も無くなる。だから油断をしていたけれど、体のほうが先に駄目になることもあるだろうか。家令の言うとおり、体調に気を遣う必要があるのかもしれない。そう思えばふつうの女のようで、笑みが漏れた。
 扉を開けると、一面の青空だった。衣の裾を、肌を少し粟立たせるようなかわいた感触の風が渡っていく。
 広い庭中に紐が渡され、紐に通した衣が風にゆっくり揺れている。
 今日はよい天気だから、この館のあるじがこれから寒くなる季節に着るものに風を通しているのだ。櫃から出した衣を広げようと、庭のそこここで侍女たちが声を上げながら格闘している。あんなにたくさん衣を持っていたかなと花はぼんやり思った。
 彼女の姿を認めた老家令が小走りにやってきた。深々と腰を折る。
 「申し訳ございません、若い者が騒々しいことで」
 花は手をちいさく振った。
 「いい天気だもの、仕方が無い」
 目にまぶしい日を仰いで言うと、老家令も目を細めて日を仰いだ。彼の顔の皺を日差しがくっきりと彩る。
 「さようでございますな。」
 芯からほっとしているような声だった。長い冬の前触れ、わずかな暖かさを喜んでいる風情に花は微笑み、回廊の長椅子に腰を下ろした。老家令が礼をして去って行く。じきに茶をはこんできた侍女がまた足音をひそめて去って行った。
 目を閉じて日の暖かさを感じる。なんだか今日の自分はずいぶんくつろいでいると花は感じた。己の気持ちがとても奥に沈んで、ただ風を追っているようなやわらかさだ。目を開けると、いつの間にか侍女たちは庭から姿を消していた。
 濡れたような深い緑色をしている衣が強くはためいた。乾いた花の香りは、去年しまった時にともに入れたものだ。自分が焚く香はどうしても残るけれど、それだけにしてしまいたくなかった。
 普通の女から見れば、衣の数はとても少ない。必要最低限と思われるその量を繕っては着ているから、布をあきなう者からは苦笑混じりに、商売をさせてくださいませんかと言われる。華美はわたしの身分にふさわしくありませんと微笑むだけだ。わたしにはそんなことが許されていないと強く思わなくても、もう自然にそんな気は起こらない。花はうつむいて唇をゆがめた。
 風が吹く。乱される髪をかき上げながら顔を上げた花は、動きを止めた。
 「彼」と「自分」がいた。
 はためき揺れる衣のあいだ、こちらに背を向けて立っている。ふたりは顔を見合わせて和やかに何か話しているようだ。見慣れた黒い衣を着た彼と、うす橙の衣を着た自分。あの衣には見覚えがある、あのひとが選んでくれたものだ。ああでも、あのひとが選ばないものなんて、わたしの世界に無かった。
 震える手で口元を押さえる。何か口に出せば、あの景色は消えてしまうと感じた。
 彼の横顔が見える。
 そうだ、あのひとはあんな眼差しで自分を見ていた。わたしはただ、大好きなあなたを一瞬でも見逃したくなくて見つめるだけで精一杯で、あなたの眼差しがあんまり優しいと照れくさくて、すぐ俯いた。あなたはいつもそこに居たから、視線をそらしてもあなたのぬくもりのように降る気持ちをただ受け止めていた。
 世界は続くのが当たり前だった。
 声は聞こえない。何を話しているのだろう。きっと他愛ないことだ。寒いとか暖かいとか、晴れたとか曇ったとか。そのどれもに、あなたはきちんと返事をしてくれた。
 …もしもというより強く祈るけれど。
 あちらで読んだ物語のように、このわたしではない、あのひとと「自分」がいる世界があればいいのに。そこであなたが笑っていてくれたら、あの恐ろしい憂いを乗り越えて幸せでいてくれたら。
 彼らの輪郭がぼうっと光った。砂糖が崩れるようにゆっくり散っていく。あれはこの場所が覚えていたことだろうか。それともただ、こんなふうに心がほどけてしまう日差しに迷い出た幽霊か。幻でもいい、思い出ではないあなたが居るなら、どれだけ痛くても見ていたい。
 光の名残は、はためく衣の裾を一瞬輝かせ、消えた。
 後ろからゆっくり回った腕が、花の頬に触れた。
 「泣いているね」
 低い、静かな声だった。
 「どうしたの?」
 いつもあなたはこんな時ばかり見透かしたように現れる。ずるいひとだ。
 「なつかしい――懐かしい、景色に、逢ったのです」
 「…そう」
 まぶたの裏に光る彼らは、とても美しかった。


(2013.1.6)


 

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