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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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☆ご注意ください☆
 この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花孟徳』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
 掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
 
 
 
 『花孟徳』は、最初に落ちた場所が孟徳さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。

 
 雑駁設定なのは のえる の所為です。
 
 何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
 
 
 



 
 
 薄い上着だけ羽織って窓を開ける。冷たい夜気が肌を洗うようで気持ちいい。するとすぐ、背後で衣擦れが聞こえた。
 「危険です。窓から離れてください。」
 花が微笑んで振り返ると、長くなった髪が肩から滑り落ちる。細い月にかすかな影だけがうごめくように見える寝所で、衣擦れが近づいた。手首を乾いた手で捕まれ、引き寄せられる。
 「いけません。」
 たったいままで、耳元で熱い吐息をもらした同じ唇からとは思えない、平静な声だ。その胸に身をもたせかけ、目を閉じる。
 「いい風でしょう?」
 長い指が無言で窓を閉める。とたんに部屋には、彼の香りが満ちた。
 逢い引きにしか使わない部屋だ。そしてこの部屋に来るとき、自分は香りを焚いて来ない。だから彼の香りばかりする。
 ふたりはそのままじっとしていた。彼の鼓動が、静かに伝わる。
 …今生は、こんなふうに手を取り合うことになった。いつも誰より身近に居ながら、男女の仲になったことはない。ただ、耐え難いことに気づいてしまった。
 孟徳として生きなければならないこの生ではない「彼女」が居るかもしれないと思いついてしまった。そうしたとたん、何もかもが呪わしくなった。
 ただ、彼の視線だけが、彼女に膝を折らせなかった。この身が紅い衣に包まれてからずっと考え続けてきた「あのひと」のことを、まるで初恋のように繰り返し辿った。そうして、しかめ面の彼を閨に襲った。それから今日まで、月のない夜だけ気まぐれに閨を共にする。
 「文若」
 はい、という声に僅かな間があった。彼女は視線を彼に向けた。
 「どうしたの」
 「呉の都督殿が、あなたにいたく興味をお持ちです」
 彼の声はとても低い。聞きようによっては不満や怒りを抱いているようにも取れるが、ただの彼の癖だ。この部屋にいる時の彼は、いつもこういう話し方をする。花は喉を反らせて笑った。
 「彼は帝の御前で会った時から、ずいぶん熱烈な視線をくれた。ああいう男は満足することがない。きっといろいろ言い訳をつけて遅かれ早かれ、わたし個人に接触してくると思っている。玄徳あたりは不愉快な視線を隠さないから孔明殿を立てるでしょうけど」
 花はその視線を掴むように手を前に出した。
 「ああでも、あの男と、あなた。わたしの国の両輪としたらきっと、この心にいま広がる限りの領土を作れるかもしれない」
 遠い南の国。花は岩壁を、見渡す限りの海のような川を染めたあの業火を冷静に思い返した。回避しようと努力をしたことがあるが、あれはおそらく、自分をこの輪に閉じ込めた者が外してはならない地点なのだ。何度巡っても、あの火と惨めな逃避行は体に焼き付く。「自分」が必ず、旧友に裏切られたところから巡るように。
 文若の身が、僅かに固くなる。帝を頂き実質的に鼎立した三国に、その仮定はあり得ないことではないが、遠い。
 「…お望みならば、お呼びいたします」
 あと少しで花は、この室に来るときにも手放さない剣に手を伸ばすところだった。
 孟徳となってから、真っ先にあつらえたのが、紅い衣と剣だった。剣を使いこなせるようになるまでは、腕の傷が原因と誤魔化した。何度もこの「輪」をたどるうち、剣はまるで第二の腕のようになった。
 (あなたはそんなことを言ってはいけない)
 「止めておきましょう。呉の可愛い若者はわたしに跪かないでしょうし。陥れるのはたやすいけれど、それではいずれ都督は裏切る」
 「お身に抱き込んだあととなっては、かないますまい」
 「まあ嬉しい。文若は、わたしの体にそんなに価値があると見てくれているのね。」
 ふわふわと言うと、文若の腕の力が強くなった。
 このひとは、見過ごそうとしない。わざとはしゃいだその声を、どこに在っても受け止めようとする。
 (だから、あのひともあなたを手放せなかったの)
 (あなたのその折れない芯に憧れていたの)
 だからわたしもあなたを離さない。あなたは、わたしに押しつけられたたくさんのものの中で、いっとう上等な贈り物。本来、あの紅い衣を着て華やかに笑っているはずのひとが、せめて「残した」、大事な心。
 「文若」
 「はい」
 「明日は帝の御前に参ります。あなたは孔明殿とよくよく話し合って、それぞれの力の一部を帝のもとに残す、せめてその道筋だけでも付けて。あの方は、呉の都督殿よりあなたのようなひとを待っていると思う。都督殿と話し合うのは、それからでいい。根回しをしたと思って動き出したら、そこを押さえればいいし、動かなければそれまで」
 「承知いたしました。…あの方にはよくからかわれますが」
 彼の声に疲れが滲んで、花は微笑した。
 「大丈夫」
 師匠だから、と言いかけて花は唇を噛んだ。誰も彼もが、忘れた輪の中で現れては消える。変わらないのは炎だけだ。この身を、船を焼きつくす炎。
 あなた、とこころだけが呼ぶ。
 翻弄する仕草さえもきらきらと、道を絶つようにわたしを抱きしめた臆病なあなた。もういちど、この衣を着ているあなたを見ることだけがわたしの悲願。
 でも、わたしはあなたの笑顔さえ忘れかけている。それが狂う前触れならばまだしも、きっとわたしは手放せない。声の欠片も落とすまいと、こうしてあなたの「憧れ」を、卑怯な手段で寝取りました。
 「寝台に連れて行って」
 「承知いたしました」
 この腕で粛々と運ばれるわたしは、削られて削られて薄くなって火にくべられる簡、このひとが日夜扱うあの道具と何ら変わらない。
 そのことが痛いと思ってはいけない。
 花はあおのいて、首筋に顔を埋めてくる彼の吐息を胸に吸い込んだ。
 
 
 
(2010.11.7編集)

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