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集中更新週間、最後の日になりました。
ではまず、(六)です。
「遊園地、っていうのは、遊ぶものがたくさんあるところです。」
夕方の賑わう通りを、夫の手を握ってはぐれないように歩きながら、花は説明した。
今朝の雨で、道は少し歩きづらい。花の世界のような舗装はないが、常ならば人が多いために踏みしめられてよく固まっている街の道でさえこうなのだから、地方へ向かう道はもっとぬかるんでいるだろう。
「あそぶもの?」
怪訝そうに繰り返した文若に、花は目を細めた。
「えーっと、みんなで並んでひとつの箱に座って凄い早さで動いたりするものとか、みんなで船に乗って凄い水流を流れ下ったりとか、お化けの格好をしたひとがたくさんいる屋敷に入って暗がりで脅かされたりとか、たくさん小部屋の付いた丸い大きな輪に乗って高いところから街を眺めたりとか…」
夫の眉間の皺はだんだん深くなっていく。
「それが、楽しいものなのか」
「はい。とっても面白いですよ」
「理解できん」
「あとは、迷路っていって、いっぱい区切られて曲がりくねった道を正しく進むようなところとか」
ふむ、と真面目な表情で文若が頷く。
「それは精神の鍛錬になりそうだな」
あはは、と花は乾いた笑いを漏らした。この夫なら、そのへんの迷路はすぐに走破してもっと難しいものを自分で設計しそうだ。
「それで、でーと、というのは何だ?」
「それは、こうしてることですよ」
花は繋いだ手を少し持ち上げた。文若が立ち止まる。
「手を繋ぐことか?」
「違います。好きな人と一緒にいることです」
「…そういうことは往来で言うものではない」
強く手を引かれよろけながら、花はまた歩き出す。その彼の耳が少し紅いことを確認して、微笑む。
賑やかな通りは続く。美味しそうな匂いもする。
いつもならまっすぐ屋敷に帰るのに、と花は不思議に思った。夫は、休日でも家で書を読むか花の手習いを見るかで、通りの散策に出かけたりはしない。何か大事な用事だろうか。
花の考えていることを読んだように、文若の足が止まった。
そこは、軒を並べる店の中でも地味なほうだった。孟徳の好みを反映してなのか、賑わう街とは本来そうしたものなのか、派手で目を引く装飾品や布地が並ぶ通りのなかで、その店はしんとしていた。
問うように見上げれば、彼はこちらを見てかすかに笑った。
「少し待っていなさい」
頷くと、文若はきびきびと店の中に入り、すぐに戻ってきた。手に小さい包みを持っている。その包みを、花の手の上に乗せた。
「開けてみなさい」
言われた通り、粗い手触りの包みを開けると、薄い緑に靄が流れるように白がうねる模様がついた石が出てきた。指一つぶんくらいの巾で作られた指輪だ。
花が文若を見上げると、彼は少し視線を逸らしてから、花に目を戻した。
「これは、西方の山中で採れる石だ。以前は戦が多く輸送も危険だったからあまり出回らなかったが、丞相が奨励したことと、流通が安定してきたから、こういう街の店にも多く入るようになった。」
「じゃあこれ、世の中が落ち着いてきた証拠なんですね」
笑って彼を見上げると、文若は頷いて指輪だけを取り上げ花の手のひらに置いた。
「これくらい薄ければ、筆を持つのにも邪魔にならないだろう」
花は瞬きした。目の高さまで上げる。色合いがアイスクリームのようだ。
「…美味しそうな色」
「おいしそう?」
心から不思議そうに呟く夫に、花は指輪を握りしめ頭を下げた。
「大事にします」
「ああ」
ためつすがめつ、嵌る指を探してみる。左の小指がいちばんしっくりくるようだ。手をかざし、花は笑った。西日に、金より銀より眩しい艶が光る。それに目を細めた文若が、呟くように言った。
「今朝、言ったろう」
「え?」
「わたしの妻はひとりの男をこの世に留めることに成功したと。…その証の、ひとつだ」
夫の表情はいつも見ているもので、それほどたいそうなことを言っている風ではない。
(…わたしは、軍師だったのに)
だから、このひとと出会ったのに。
今の花は、夫の過去に何があったか、元譲から聞ける範囲のことを知っている。孟徳が若い頃あった過酷な戦、それに文若がどう働いていたか。だから、今の言葉がどれほど重いものか、理解できるつもりだ。
花は黙って抱きついた。文若が狼狽えたように後ずさる。
「こ、こら、往来だぞ」
「文若さんが嬉しいことをしてくれるから」
高価なものではないとか何とか、頭上で文若がうろうろ呟いている。
なんて愛しいひとなんだろう。わたしはもう、あなたの証なんてたくさん貰っているのに。故郷を思って泣くことだって、そのひとつだと思うほど。
文若は、宥めるように花の肩を緩くさすった。
「では、帰ろう」
「はい!」
花は夫の手を強く握り、歩き出した。
(2010.6.25)
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