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玄徳は足を止めた。
回廊を曲がった先、庭にいる雲長と、簡を抱えた花が回廊から身を乗り出すようにして話している。横顔の彼女は明るい表情だった。話の内容より先に、輝くような眼差しに玄徳は息を詰めた。頬をすべり唇を彩る陽は、彼が目にしたどんな化粧より美しく見えた。
声を掛けるより先に彼に気づいた雲長が一礼する。花の背がちいさく跳ね、こちらを振り向いた。
「玄徳さん」
滲む笑みは恋人のもので、素直に嬉しくなる。孔明あたりがいたら、羽扇の影でため息をつかれそうな具合だろう。
「どうした?」
花に笑いかけながら雲長を見ると、彼はゆるく首を振って何も言わずに花を見た。その視線を受けて花は恥ずかしそうに身をすくめた。
「雲長さんと、やっとあったかくなったって話していたんです。」
この地の寒気に、花はかわいそうなくらい寒がっていた。休日などは、玄徳の与えた冬服をこれでもかと着込んでいたこともある。冬毛の生える動物が羨ましいと、本気の口ぶりで言ったときなどは大笑いしてしまった。
「良かったな」
つい、その時の真剣な眼差しを思い出して笑いながら言うと、花は少しだけ頬を紅くした。
「だって、寒かったんです!」
ふむ、と玄徳はあごをさすった。
「お前の部屋はもっと頑丈にしなくてはいけないな。この冬は新しく作ろう」
花は目を見開いた。
「そんなことはいいです!」
「そうか?」
「はい!」
勢いよく返事をした彼女は、彼方を指さした。春というより、もう夏のような色を見せる山々が霞んでいる。
「あの山です、玄徳さん」
「何がだ?」
「緑ですよね」
「春が来たからな」
「山って、下の方から緑になるんですよ。知ってました?」
わくわくとした様子にいささか戸惑って雲長を見る。彼は少しばかり目を細めて花を見ていた。年の離れた兄のようなその視線が花を心配しているふうで、玄徳は困惑した。こんな目を彼はよくする、と思う。芙蓉が言うほど彼は仏頂面でいるわけではない。
花はまるで気づいていない。それどころかよりいっそうきらきらして見える。
「わたしのところは、あんな高い山は近くになかったんです。秋に山が紅葉するときはニュースで見てて山の上の方から紅葉するって知ってたけど、春は逆なんですね。よく考えればそうだって、当たり前だって分かるんです、だって山の上では夏も雪が溶けないところだってあるんですから。それで、紅葉して赤だったり黄色だったりする山を燃え上がるようなって言うけど、この春の様子だって燃え上がる、っていうか…えっと、燃え上がるっていうのはおかしいですね、緑なんだし…」
考え込む花のつむじに光が当たり、子どものつくる花輪を被せたような輪ができている。いつものように手を置くと、それを消してしまう。なぜか、それが惜しかった。
そう思う間に、ぱっと花が顔を上げた。ただ明るいだけの視線に射られたようだ。
「考えておきます」
ああ、お前はまた約束を言うのだなと思う。まっすぐな目が、自分を映している。惚けたように彼女を見る、自分。
玄徳はぽんと彼女の頭に手を置いた。
「ああ、考えておいてくれ」
「はい!」
笑う彼女と礼を取る雲長に手を振り、歩き出す。
(花)
お前のそのきらめきが、強がりでないことを切に祈る。
さっきの雲長の眼差しは、あるいはこんな気持ちを知るからだろうかと思った。
(2013.6.1)
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