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「クリスマスだよ!」
力のこもった かな の目に見据えられ、花は、うおう、と声にならない声をあげた。かなの後ろでは、彩が腕組みをして横目でかなの後頭部を見ている。花はへら、と笑った。
「そうだね」
「そうだね、じゃなーい! カップルたるもの、いま盛り上がらずにいつ盛り上がるの!」
「す、すごい迫力だね、かな…」
「よけいなお世話でしょ、かな」
「えーだってー」
「花を困らせると長岡くんが飛んでくるわよ」
冷静な声に、「それもそうね」というかなの声と、「そんなことないよ」という花の声が重なった。教室の反対側の隅でクラスメイトと話している彼がちらとこちらを見たが、花がなんでもないという思いを込めて微笑みかけると彼はちょっと笑って、また会話に戻った。
それを横目で見たかなが、大げさに身もだえするそぶりをして言った。
「だって~つまんないんだもん」
「花たちのことでしょ」
「そうだけど~」
恋の話が大好きな友人は、それに反比例してついぞ恋人ができたという話を聞かない。でも、かなの話は、ほかのクラスメイトにくらべて他愛なくてかわいいと思う。
「一緒に映画は見に行くよ。」
花が言うと、うああ、と大げさにかながまた身もだえするのでおかしい。
「かなってば、聞きたがるくせに」
「そうなんだけどさ、ついこのあいだまでコイバナのコイの字もなかった花と、クリスマスネタで盛り上がれるとは!って感じなのよ」
「あんたは花のお母さんか」
彩があきれたように呟いた。花は机に頬杖をついた。
「かなは、去年はクリスマスにどっか出かけたんじゃなかったっけ。今年は?」
「家族とチキンを食べまくる」
「太るよ」
「だから、ふだんは我慢してるもん! 彩だってケーキくらい食べるでしょ」
「食べまくったりしないよ」
「わたしだって3ピースくらいだよ!」
「昼食が終わったばかりなのにもう食べ物の話か、新倉」
広生の声が低く割って入った。かなは瞬時に眼を細くして広生を振り返った。
「そうだよ~、やけ食いの話だよ~」
「健康的だな」
「どこが?」
「食べる元気があるんだろう」
彩とかなは顔を見合わせ、長い息をついた。
「なんだか広生くんってさ、たまにお父さんみたいなこと言うよね」
「お父さん!?」
広生の声がわずかに裏返った。
「お父さん…」
「おにいちゃん、でもいいんだけど、わたしはお父さんのほうがぴったりくるなあ」
「…俺は、そんなことを言われるほど新倉と年齢は変わらないはずだが…」
「落ち着いてるってことだよ」
彩がとりなすように言ったが、彼はお父さん、とぶつくさ呟いている。かなが肩をすくめた。
「いいじゃん、オトナの落ち着き!」
「もう、やめてあげてよ」
花が見かねて言ったとき、予鈴が鳴った。かなは、「移動教室だった」とあわてた表情になり、彩が促して席に戻っていく。花は立ち上がって広生のそばに寄った。
「広生くん?」
彼はうっすら苦笑した。
「久しぶりに効いたな」
「わたしはお父さんなんて思ってないよ?」
広生の苦笑が深くなった。
「思われてたら落ち込む」
「うん、だから、大丈夫」
「…その大丈夫の使い方もよくわからないが」
花は目を細めた。
「そういうこと言うから」
「分かったよ」
広生はくすりと笑い、身を返して席に戻った。
誰も思いもしない理由で、大人びたひとだ。いまはただ真っ白な制服のシャツが眩しいだけの当たり前の背中だけど、あれが幾多の命を背負っていたときがあったのだ…
「花」
教室の入り口から広生が呼んで、花は物思いから覚めた。そうだ、わたしたちはいま、クリスマスを前にした高校生だ。彼女は慌てて自分の机から教科書を取り出すと彼に並んだ。
「慌てなくていい」
「うん」
こういうところはちっとも変わらない。それを喜んでいいのかわずかに迷いながら、花は彼に笑いかけた。
(2012.12.21)
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