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紙パックの牛乳をすすった音が意外に響いて、花は肩をすくめた。そろそろと隣に目をやると、広生はまるで耳に入っていなかったかのように空を見ている。良かった、と花はほっとした。
よりかかると、フェンスが背中にごろごろあたってマッサージチェアみたいだと思う。天気のいい日だけ解錠される屋上はいつも人気で、花たちのように昼食を食べているグループが多い。花も、広生を知らないころは彩たちと食べていた。
さっきまでテストの結果をぽつぽつ話していたのだが、いまはすっかり黙って空を見ている。
友人のかなが、紙パックのストローをすする音って大嫌いと言いだしたのは今朝だ。彼氏と喧嘩でもしているのだろう。あとで聞くと彩もそう思ったらしい。どうせすぐあんな言葉は忘れるわよ、男らしくてカッコイイと言い出すかもしれないと苦笑する彩に、うがちすぎだと笑った。そう結論づけてみても、一般的にあんまり行儀がよいこととはされていないのだし、広生はどうだろう。少しだけそんな疑問があたまをよぎったのにまさか気付いたわけでもあるまいが、彼がこちらを見た。
「どうした?」
「うん、あのね、かな がね、紙パックのストローをすする音が嫌いになったんだって」
広生は僅かに目を見開いたが、すぐ苦笑を浮かべた。
「彼氏と喧嘩でもしてるんじゃないのか」
「だよね! わたしと彩もそう思った」
「どうでもいいことが気になるのは、いらいらしている時だ。新倉はそういうことが多そうだ」
笑む唇がなんだか色っぽい。こういう時はとても年上に見える。これが俗に言う、惚れ直すというやつか…ああ、かな だけじゃない。
――恋をするとしょっちゅうどきどきするんだよ。
まさか、当の恋人にむかってそうは言えない。そういうことをさらっと言えるほど年季が入っていない。雲長さんだったら言うのかなと花は横目で彼を見た。けれどすぐ目をそらした。彼は広生だ。実際、「雲長」の姿は朧だ。
広生はまたぼんやりと空を見ている。何を考えているのだろう。
と、彼がゆっくり瞬きした。
「あの、空が」
「なあに?」
答えが早すぎたろうか。
「汚れているというだろう?」
「そうらしいね。」
「でも青は青だ。」
それきり彼は黙った。地上にどれだけ血が流れても知らぬ青や、どんな物思いも吹き飛ばす圧倒的な夕暮れが閃いたのかもしれない。
「あちら」とのずれは、こうやってふいに溢れてくる。気の利いたことは言えず、ただ黙って聞くだけだ。自分だって、頭をなでる大きなてのひらのぬくもりを風のように思い出す。
花は投げ出されている広生の大きな手を横目で見た。触れたいけど、こんなに他の人がいる場所では恥ずかしい。帰るときに握ろう、と花はこっそりこぶしを握った。
彼は黙って、コーヒー牛乳のパックをすすっている。ことさらに大きな音をたてる彼と目が合って、花は笑った。
(2012.8.31)
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